「頑張り過ぎないのがいいんだよ」「自分らしさが大切!」…人は心地良い言葉に安心して心を動かされます。厳しい上司よりも気配り上手で優しい上司の方が部下の評判はいいものです。
優しい言葉に救われる人もいるのは確かですが、ただ優しいだけで部下の人生に無責任な上司は困ったものです。これを国の指導者がやったらもう最悪、国家の未来を憂えます。
政府は「働き方改革」の一環で正社員の副業解禁を打ち出しました。1800時間就労、ゆとり教育、ワークライフバランス…この30年、国民は心地良い言葉に心躍らされてきました。
そもそも副業が人手不足の解消になるのでしょうか。長時間労働は悪だと言っておきながら、第二の仕事を勧めるのも矛盾です。
茨城県教育委員会は、公立中高の運動部の朝練を原則禁止にするとの方針を示しました。先生方の働き方改革もあるでしょうし、生徒の睡眠不足解消もあるのでしょうが、多くの人が納得できないはずです。
国や県の方針はどちらもある点では正しいのですが、ゆとりある豊かな生活を送るためにも、人生の各ステージにおける目標の優先順位を間違えている気がします。
ワークライフバランスは、生涯を通してのバランスが大切です。今この瞬間のバランスではありません。ある一定の時期はむしろアンバランスの方がいいのです。
小中高校生にワークライフバランスならぬスタディライフバランスを勧める指導者はもはや教育者ではありません。勉強やスポーツに死ぬほど打ち込む人がいてもいいではありませんか。アンバランスこそがその人の個性や強みをつくるのですから。
イギリスのサッチャー元首相は、失業者に対する救済策は認めず国民に勤勉と倹約をすすめました。「お金持ちを貧乏にしても、貧乏人がお金持ちになるわけではない」と言った鉄の女サッチャー元首相には、目先の人気取りではなく、国の将来を憂えた本物の指導者の魂を感じます。