「一度も登らぬバカ、二度登るバカ」……富士山に登頂した時の達成感と道中の苦しみをうまく言い表した言葉です。日本人なら一度は登ってみたい霊峰富士ですが、いざ登ってみると大衆の山々のイメージとは全く異なり、苦行ともいえる面白みのない道中に、富士登山経験者の多くは「二度と行きたくない」と言います。
昨年富士登頂を初めて経験したわたしは今年も行ってきました。昨年は長女と思い出作りのためで、今回は昨年同行できなかった長男との思い出を作るためです。
「山小屋まであとどのくらい?」「頭が痛い」と泣き言を言う長男に、はじめのうちは「大丈夫か?」「がんばれ」と励ましていましたが、途中からはそれも少し面倒になり「マイナス言葉は使うんじゃない」「辛そうな顔をするな」「顔を上げろ」と厳しく接しました。
すると優しく励ましているうちは弱音ばかりを吐いていた長男が、厳しく突き放すと逆に元気になってしまったのです。人は痛いと感じるから「痛い」と言うのですが、「痛い」と言葉に出すことでさらに痛みが増してしまうこともあるのだと実感しました。
あなたの会社でもこれと似たような場面がありませんか。部下を気遣い、優しい言葉だけで指導しようとする上司は、部下からは好かれるかもしれませんが尊敬されることはありませんし、部下のためになることもありません。本当の意味で部下のためになろうというのなら、子育て同様に厳しく接することも必要です。どこかの本に書いてあるように、ただ褒めるだけで部下が伸びるのであれば苦労はしません。
今回の富士登山は、梅雨明け直後の星降る新月の夜をイメージしていたので、アタック前夜の強風と雨には期待が大きく外れてしまいました。加えて大雪山の惨事の直後でもあり、ガイドや山小屋の勧めで登頂を断念し途中で下山することになったツアーも多かったようです。
わたしは少し迷い、長男にどうするかを投げかけてみました。すると長男は「とにかく頂上を目指そう」と言ったのです。ついさっきまで泣き言を言っていたとは思えないような意外な返答に、父親としては長男の成長を頼もしく思えた瞬間でした。わたしたちは頂上を目指しました。
幸運なことに、時折吹いた突風も頂上に着くころには止み、諦めていたご来光を本年も拝むことができました。お天道さまは日ごろの行いをよく見ているものです。