目標

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 富士登山のはなしを先月のコラムに書きましたが、実のところわたしは子どもの頃から山が好きではありませんでした。せっかく登ってもまた下りてこなければならないのですから、なにが楽しいのかがよく分かりませんでした。小学校の遠足で山登りがあると、前夜から憂鬱な気分で眠れなかったことをよく覚えています。

 わたしは富士山といえば、高尾山より少しきつい程度の典型的な大衆の山だと勝手にイメージしていました。ところが、準備段階で経験者のはなしを聞けば聞くほどに、楽しいことは何ひとつないことが分かってきました。みなさん口を揃えて、辛い、寒い、もう懲り懲りと言うのです。ただし、ご来光だけは別のようですが。

 実際に登ってみると、懲り懲りという気持ちも分からなくはありません。たしかに、わが娘は9合目あたりで頭痛と寒さで相当に辛そうな顔をしていました。

 しかし、登頂と同時に涙があふれ出た娘を見て、本当に登って良かったと心から思いました。それは苦しさを経験しなくては味わえない涙のようでした。

 わたしは今でも山登りが楽しいとは思えませんが、今回の富士登山では、山登りは事業にも通ずるところがあると気付いたことが収穫になりました。先の方に見える山小屋や頂上に目標を設定して、ひとつずつ達成していくことは事業そのものではないでしょうか。

 ただし、ひとつだけ大きく違うことがあります。それは、山登りでは目標がハッキリ見えており、途中の試練を越えると確実に最終目的地にたどり着けることが分かっていることです。だから辛くても頑張れるのです。

 しかし、人生や事業においては目標を設定したとしても、頑張った結果が必ず報われると確信などできないことが多いのです。実際どんなに頑張っても、上手くいかないこともあります。

 ましてや目標設定のない人生や事業では、きつく苦しいことに耐え抜く理由付けが難しくなります。だから、多くの人は成功の確信など持てずに途中で諦めたり、はじめから挑戦しないのではないのでしょうか。絶対にいい結果があると分かっていたら誰もが頑張るに決まっています。

 このあたりが人生や事業の面白いところなのかもしれません。10人のうち8、9人は途中で諦めてくれるのです。少し耐えるだけで、目の前にわずかな陽が射し、やがて勝手に道が開けてしまうことを成功者の多くは経験しています。

 途中の苦しみや挫折も、その向こう側の目指すものを手にするためには、当たり前に越さなくてはいけない試練だと思えるのです。なんの苦労も障害もなく一気に成功に登りつめる人などいません。

 だからこそ、遠くに理想の姿をイメージすることはもちろんなのですが、近くにハッキリとした小さな目標を定め、その達成を確実に確かめることができる、そんな計画が大切だとあらためて思いました。