世間の評価

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 世間では、くだらない人間が、人に取り入ることが上手くて高評価を得ている例は結構あります。反対に、立派な人でありながら、その真価を認められずに不遇の人生を送っている人もいます。そんな世間って本当に公平なのでしょうか。

 社内評価が低いと不平を言う人がいます。反対に、実力以上に高く評価されていると言う人は少ないものです。

 とかく私たちは、自分にとって条件が悪ければ不公平だと思い、条件が良ければ公平だと思いたくなるものです。

 本人が納得できない以上、上司にその旨を申し出るのが正しいやり方です。上司から納得がいくまで説明を聞いたらいいのです。

 納得できない人には、本人が正しいと思ってやっていることと、会社が社員に対して期待していることの間に隔たりがあるのです。それを確認しないことにはどうしていいか分りません。

 大石会計を例にとると、和を乱す人、勉強しない人、クレームの多い人、仕事を選り好みする人の評価はどうしても低くなります。

「実力がすべて」と我が道を行きたい人にとっての大石会計は少し遣り辛い会社かもしれません。そんな会社の方向性を理解できないと評価は下がります。

 人というのは相手の一面だけを見て判断しがちです。あるいは短い期間だけ見て判断しがちです。中小企業ではありがちです。だから上司に聞いたらいいのです。

 しかし、世間というのは、多くの目で見るので案外公平に評価されているものです。人間40歳を越えたら、世の中の評価を反映したものがその人物の置かれた環境(職業、収入、財産、社会的地位、配偶者、子供、孫、人脈等々)になっているものです。

 あなたの環境に、上司の評価も多少は影響しているかもしれませんが、99%は自分自身の判断と行動の結果でしかないのです。つまり、未来を変えるのは自分自身の判断と行動だけなのです。

 ただ残念なことに人は同じ判断や行動を繰り返します。住むところを変えても、配偶者を変えても、職業を変えても、基本の環境は変わらないものです。今の不満を他人の責任にしている限り同じ場所に戻るのです。

『人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うるなり』(論語:学而第一)・・・・・・他人が自分を認めてくれないと心配するのではなく、自分が人を認めようとしないことを心配しなさい。